人生の1/3をしょうがないとあきらめたら、残りの2/3も侵食されちゃう気がする。

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長らくいっしょに仕事してきた人が辞めるのは寂しい。かなり主体的に生きてる人だから、何かやりたいことが見つかったんだろうかと思ったんだけど、そういうことじゃなくて、今の職場環境への不満が1番の理由らしい。彼も含めてけっこう存在感があるキーマンと言われるような人がどんどん辞めていくけど、うちの会社大丈夫だろうか。

ボクはもうよほどのことがないかぎり転職することはないだろう。もちろん起業しようなんていうマインドは持ちあわせていないし、スキルもなければ、生涯をかけてコレをやりたい!なんて思えるモノも特にない。なんかわざわざ書いてみたら哀しくなってくるけど、事実なんだからしょうがない。

でも、今はそうだとしても、この先何十年も人生の3分の1をあきらめたように、しょうがないと言いながら生きていくの?とふと思ってしまった。ちょっと前に読んだはせ おやさい (id:hase0831)さんのこの記事が脳裏に焼き付いていたからかな、たぶん。

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人生の1/3の時間を使って関わるのが「仕事」だとしたら、なるべく不平や不満のないように、自分のやりたいことや良さを発揮できることに時間を使いたい。(みんなの転職 )

今の職場で不平不満を言ってるヒマがあったら、他に自分の居場所を探してみたら?というふうに受け止めたら、あぁ、今の会社に居続けようと思ってる自分には関係のない話だなー、とスルーしてしまいそうになる。でも、大事なのはそこじゃない。かけがえのない自分の人生や時間の使い方にこだわろうよってのが、1番大事なメッセージだろう。その気持ちがなかったら、どこへ行こうと仕事だろうと家庭だろうと趣味の世界だろうと、充実した時間を過ごせると思えない。

きっとあきらめグセを器用に1/3だけにとどめておくなんてことはできなくて、残りの2/3をも侵食してしまうんだろう。だから、「しょうがないと思ってしまう時間」をぼんやりと過ごしてちゃいけない気がする。どうにも、生きてる時間が増えるのに比例して「しょうがない」を発動するスピードが早くなってるけど、もうちょっとぐらい抗ってみるか。

でも、考えてみれば「仕事は人生の1/3」なんていう言い回しに違和感を感じなくなってるのは、幸せなことかもしれないなぁ。