自分の中にもある醜い感情に気づく。

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読んですぐはてブで何かを書こうとしたんだけど、100文字にまとまらなかったし、やけに感情的になりそうだったので、ちょっと間をおいて今書こうとしてる。

まず思ったのは「頭悪くて貧乏な人は危険人物です」なんて言われたら、そりゃ頭にくるよね。ボクには誇れるような学歴はないし、ブログを読んで下さる方はお気づきのように、今書いてるこの文章も頭良さそうじゃないだろう。

それから今は日々生きていくのに不自由はなくて、貧乏という実感はないけど、子供のころは食うに困るような日々もあった。そんな中父は必死に働いていたし、母は自分も働きながら苦悩してやりくりしてた。そんなことを思い返すと「貧乏だから」と断じる論調に反射的に怒りを感じてしまうのだ。階層とか関係なく。

階層に目を向けると「なんでボクがニートと同じ階層やねん」というツッコミを入れたくなる。 だいたいどんな思いで毎日…とかいろいろ言いたくなってくる。しかし、ちょっと待てよ。これってボクの中にも階層意識があるってことじゃないか。

明確に書き示せるモノはなくとも「ボクはニートより上の階層のはずだ」という意識があるから、そんなツッコミを入れたくなってしまうわけだ。自分より下の存在を勝手に設定して、まだマシかなとほっとしたりするそんな醜い感情が、認めたくないけど自分の中にもあるのかー。

差別はよくないといつも思ってるのに、矛盾してるよなぁ。ただ、多くの人が自分の中に一瞬そんな醜い感情を感じても、いやいや、と打ち消してちゃんと人を見ようと思い直したりしてるんじゃないだろうか。いや、わからないけど、そうであってほしい。

なんにせよ、内容の善し悪しや好き嫌いは別としてスルーしがたいひっかかる文章を書けるのはすごい。ボクには理解しがたい主張だけど、賛同する人もいるから、そんな考え方の人も一定数いるんだなと頭の片隅に置いておく必要はありそうだ。たぶんお互いに主張し合ってもずっと平行線で解り合えそうにないもんね。