家事を嫌々やるんじゃなく、ちゃんと向きあって心地よい家をつくっていこうと決めた日。

体調崩してる奥さんを怒らせてしまった。

しばらく体調を崩してたうちの奥さんが風呂から出てきて、洗濯物を干しはじめたから「ボクがやるよ」と言ったら、「こっちはいいから、ちゃんとできてないことをやってくれる?」と明らかに怒り口調で言われてしまった。昨日から洗わずに放置してる食器たちのことを言ってるんだろう。あとでやろう、あとでやろうと思いながらまだ手をつけられてなかった。

しまったなぁ、と思いながら食器を洗う。体調崩してるのに洗濯をさせるなんて夫として情けない。助け合えなくて一緒にいる意味なんかあるんだろうか。そんなネガティブモードに突入していると、奥さんから「風呂の排水口が流れなくなってるの、知ってる?」と問われた。ボクもさっき風呂に入ったばかりだけど、そんな様子はなかった気がする。いや、気づかなかっただけかもしれない。

「期待するほうがダメなんかなぁ。できないのか、やらないのかがわからない」もう怒り口調ではなくなって、別に責め立てるような感じではなかったけど、勝手にハイパーネガティブモードに突入していたボクにはグサリときた。だいたい、うちの奥さんは常に不満をたれながしたり、人を責めたりするタイプじゃなく、いつもは穏やかにものごとを受け入れて人を許すタイプだ。それをここまで言わせてしまったことに激しく自己嫌悪して、ネガティブモードはさらに加速した。もう返す言葉が見つからない。

気づいたことを放置しない!と決めたものの。

あとでやろう、と気づいたことを放置するのはやめよう。明らかにボクは「気づけない」人だから、意識的に家の中の状態をチェックするようにしよう。明日からじゃなく今からだ。そう思いながら家の中を見渡すと、あちこちに放置してあるもの、汚れている箇所が見えてきて、手当たり次第にやっつけた。その気になれば何も難しくない。家事はやったらやっただけ目に見える成果が出る。そんなことを思いながら黙々とやっていると、しまいに体力の限界が訪れて倒れ込むように寝てしまった。

気づいたことを放置しない、という原則に従うと、家の中はあっという間に片付いていく。数分もあればできることがいっぱいあることに、今更ながら気がついた。これは前からわかってたことだけど、食べ終わったら即食器を洗うようにすれば、汚れ落ちがよくて効率的にこなせるというのも改めて感じた。

しかし、放置していたことがあまりにも多すぎた。それらを手当たり次第にやっつけていると、他のことをやる余裕がまったくなくなってしまった。あれもやらなきゃ、これもやらなきゃと常に考えているから、ソファでゆったりくつろいでなんかいられないし、TVなんか見ている余裕がない。そうなると、夫婦で会話する時間がほとんどなくなってしまった。と言っても、とにかく、やることに追われているボクはそんなことは意識していなかったのだけれど。

片付いてきたけど、居心地が悪い空間。

その結果、家の中は整ってきたけれど「とても居心地が悪い」と奥さんに言わせてしまい、ちゃんとやらなくても、ちゃんとやってもうまくいかないという状況に陥ってしまった。猛省したり、自己嫌悪したりすると「ぜったいに繰り返したくない」という思いから、ボクはあまりにも一心不乱に走りだしてしまうところがある。自分だけの自分の中で自己完結する課題なら、それでいい。でも、家事に関わるようなことは夫婦の問題で、ひたすら1人でがんばればいい、というものではないはずだ。いや、夫が1人でがんばってくれるなら、そんなにうれしいことはない、という人もいると思うけど、少なくともうちの奥さんは「いっしょにがんばろう」とボクに言う。

楽しく家事をやれないか、いろいろ試そう。

いいかげんネガティブモードのスイッチをOFFにして、2人で楽しく心地よい暮らしをつくっていこう。この家に家具を並べていたときに思い描いたことから、いつのまにかずいぶんズレてしまったけれど、少しずつ近づいていければいいや。ということで、また、きっとどこかで道を間違えたりするんだろうから、そのときは、また、このエントリーを読み返そう。

正直なところ、家事って「やらねばならない」ものとして、嫌々やっていたことを否定できなくて、だから後回しにしたり、気づいてるはずのことをスルーしてしまったりしてたんだろうな。ちょっと意識を変えてやり方を工夫したり、お気にい入りのツールを使ってみたりして、もっと楽しむことができないか考えてみようかな。家事についてちゃんと向き合って学んだりしたことって、あんまりなかったもんなぁ。

よーし!今日からこのブログは家事をがんばるブログにするか!(嘘)

家事の手間を9割減らせる部屋づくり (青春新書プレイブックス)

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