勝つことにこだわってなくても「後悔した12のこと」には胸に迫るものがある。

知ってる人の本を読むのは、とても新鮮で楽しい。「知ってる」と言っても、ブログをいつも購読させて頂いてるのと、1回直接お会いしただけなので「オマエにオレの何がわかる!」とか言われそうでびくびくしている。もし、そう言われたら「わかるなんて言ってない。知ってると言っただけだよ、ふふふん」と言い返すことにする。なんだこのどうでもいいマエフリは。

僕が18年勤めた会社を辞めた時、後悔した12のこと

僕が18年勤めた会社を辞めた時、後悔した12のこと

ボクはというと、今までに辞表を携えて仕事をしてた日々もあったし、3回ぐらい辞表を提出したこともあるどこにでもいそうな平凡極まりないサラリーマンだ。受理されなかったので、今も同じ会社にずっと勤務し続けている。もし、あのとき受理されてたら、今頃冗談じゃなく路上生活してた可能性もある。少し悔しいけど、今となっては感謝するしかないなぁ。

そんな感じで、どう考えても会社というゲームに勝つことへのこだわりが薄いボクがこの本を読んでどう感じたのか、気になった箇所を拾いつつ、ちょっと語ってみることにする。

自分の中にゆるぎない軸がない。

ボクは今ちゃんと勉強しておけばよかったと後悔している。名刺には「経理」と書かれていて、それなりに年齢も重ねているのだけれど、「私は経理マンです」と胸を張って言える状態にないことが、かなり恥ずかしい。それ一筋ではやってきてないし、どちらかというとITやら企画寄りの仕事を中心にやってきたからと自分の中でいいわけしてみても、だからといってそちらを極めたわけでもなく、やはり恥ずかしくなってくる。

特に、僕のように経営について、あるいは該当ビジネスについて、体系だった勉強をしたことがない人は、枝葉末節に意識を散らさず「幹を育てる」ような勉強をして頂きたいと思うのだ。そのためには、自分が学ぶべき分野を定めて、きちんと「教科書」的な本を選び、それを徹底的に読み込む。そしてそれを現場の体験と照らし合わせて深化していくというやり方をすべきだろう。(僕が18年勤めた会社を辞めた時、後悔した12のこと)

それなりにその時々で危機感を抱いたりして、勉強はしてきたはずだけど「幹を育てる」ような勉強をしてこなかったから、自分の中にゆるるぎない軸というものがない。これだけは人に負けないと言えるようなものがないのだ。

いつまでも恥ずかしがってる場合じゃない。「教科書」的な本探しからはじめようかなぁ。

ほどよく振る舞えないカッコ悪い自分。

もし、あなたが誰かに、「信念のある人だ」と言われたら、それが本当に褒め言葉なのか、暗に「頑固者」と言われているだけのことなのか、ちょっと立ち止まって考えてみても損はない。そんな「信念」が、どんな状況にあっても正しいものか、状況によって変化し得るものか、場合によっては守るべき優先順位としては低くなり得るものか、じっくりと考えてみればいい。(僕が18年勤めた会社を辞めた時、後悔した12のこと)

ボクはいつも「信念ある人間でいたい」と思ってるから、この言葉はかなり心にひっかかかった。そうか、単なる頑固者と紙一重なのか。そうかもしれない。果たして今のボクはどうなんだろう?ちょっと考えてみたけれど、よくわからない。

ボクは何事においても、ほどよい振る舞いというのが苦手だ。頑固者にはなりたくない!と信念らしきものをゴミ箱に捨ててしまったら、拠り所がなくなって人から言われたことにひたすら素直に従って「主体性のないヤツだ」と言われてしまいそう。そうなったら、急いでゴミ箱を漁って信念を拾いあげたりするんだろう。

どうにもスマートじゃないというか、カッコ悪いなぁ。皆そんなふうに悩みながら生きてるもんなのかな。今すぐに答えは出せないけど、時には信念なんてゴミ箱に捨ててしまう勇気を持て!っていう言葉だけは、心に留めておこう。

得たモノはゼロじゃないとしても。

ボクは睡眠時間を削り、休日も返上して狂ったように働いて数年間をすごしたことがある。終いには眠らなきゃいけないのに眠れなくなり、翌朝目が覚めても布団から起き上がれなくなり、どうにも会社に行けなくなったりしてたから、狂ったようにというか少しおかしくなってたんだろう。

自分が会社を支えているという矜持、負けたくないという競争心、嫌われたくないという恐れ。そういったものに追い立てられて、限界まで頑張ってしまうのである。人によっては、ストレスから、突発性難聴などの病気になってしまったりもする。(僕が18年勤めた会社を辞めた時、後悔した12のこと)

ボクの場合は、このどれにもあてはまらない。(恥ずかしいことに矜持という言葉を知らなかった・・・)アレはなんだったんだろうと思い返してみると、ただ至らない自分が申し訳なく、なんとか人並みに責務を果たさねばという焦燥感だけでボクは動いていた。極めて不健全な精神状態だ。

どれだけ働いても残業ゼロだったし、今では考えられないような状況だったなぁ。うちの会社も数年のうちにずいぶんと労務管理がマトモになったもんだ。失ったモノが多すぎる気はするけど、得たモノもゼロじゃない。今、どんなにツラい状況に陥っても、あのときほどじゃないと思えるから、粘り強くものごとに取り組めるようになったというのが、わずかながら得たモノと言えそうだ。

それから、心身崩壊してまで手に入れる価値があるものなんてない!と迷うことなく言えるのも、得たモノと言えるかな。

実名でここまで赤裸々に語れるのがすごい。

この勢いで書いていくと、本の内容をすべて書いてしまいそうなので、これぐらいにしておこう。それにしても、実名でここまで自分のこと、それをとりまく人々のことを赤裸々に語れるのがすごい。

ボクだったら、あの人にどう思われるだろう?とか考え始めたら全然書き進められなくなりそう。ボクは匿名でブログを書いてるけど、それでもここまで赤裸々に語るのはムリだし、別に自分のことをさらけ出すのが目的でブログを書いてるわけじゃないからそれでもいいかと思ってる。

でも、赤裸々に語られる言葉の数々には、人を惹きつけてやまないリアルがある。言葉の重みも全然違う。だからこそ「健闘を祈る」と最後に締めくくられるまでの数々のアツい言葉が胸に迫るのだ。今を肯定できるからこそ、今とは違う自分を振り返って赤裸々に語ることができ、人の心を動かすことができる。これが著者のIchiro Wada (id:yumejitsugen1) さんにあって、ボクにはない最たるモノなんじゃないだろうか。

なにがどうアツいのかココに書きたくなったけれど、やめておく。いきなり、それだけを抜き書きして読んでしまったらIchiro Wada (id:yumejitsugen1) さんの言葉の力が薄まってしまうかもしれないからだ。きちんと最初から最後までリアルな物語を味わい尽くしてこそ、最大限響く言葉の数々だから、気になったなら是非じっくり読んでみることをオススメしたい。